小金井空襲から81年 現在唯一の体験者・簗昌子さんらが犠牲者悼む
太平洋戦争末期の昭和20年7月28日に、JR小金井駅周辺で発生した空襲から28日で81年になるのに合わせ、空襲を体験した人や遺族が犠牲者を悼み、慰霊祭を行いました。
この慰霊祭は旧国鉄社員らで立ち上げた実行委員会が毎年開催しているもので、今年で23回目です。
JR小金井駅の西口にある石碑「平和の礎」の前で、空襲を経験した人や遺族、下野市の坂村哲也市長、それにJRの職員らが、犠牲者を悼み永遠の平和を願いました。
小金井空襲は今から81年前の7月28日、宇都宮駅から上野駅に向かっていた上り列車が、アメリカ軍戦闘機の銃撃を受けた空襲です。
列車の乗客や小金井駅の周辺にいた人、合わせて31人が死亡、約80人が負傷し、県内では、620人以上が亡くなった宇都宮空襲に次ぐ大規模な戦禍となりました。
慰霊祭では、10歳の時に列車の中で空襲を経験し奇跡的に生還した、現在唯一の体験者である91歳の簗昌子さんが、当時の惨劇を次のように振り返りました。
体験者・簗昌子さん:
「倒れている人の上を土足で踏んで私は逃げました。旅館の防空壕の中に避難しました。私が10歳の時でした。生々しい体験で今でもそれは脳裏から離れません」
参列者たちは、空襲で亡くなった人々へ思いをはせながら、戦争のない世の中へ祈りを捧げていました。
この慰霊祭は旧国鉄社員らで立ち上げた実行委員会が毎年開催しているもので、今年で23回目です。
JR小金井駅の西口にある石碑「平和の礎」の前で、空襲を経験した人や遺族、下野市の坂村哲也市長、それにJRの職員らが、犠牲者を悼み永遠の平和を願いました。
小金井空襲は今から81年前の7月28日、宇都宮駅から上野駅に向かっていた上り列車が、アメリカ軍戦闘機の銃撃を受けた空襲です。
列車の乗客や小金井駅の周辺にいた人、合わせて31人が死亡、約80人が負傷し、県内では、620人以上が亡くなった宇都宮空襲に次ぐ大規模な戦禍となりました。
慰霊祭では、10歳の時に列車の中で空襲を経験し奇跡的に生還した、現在唯一の体験者である91歳の簗昌子さんが、当時の惨劇を次のように振り返りました。
体験者・簗昌子さん:
「倒れている人の上を土足で踏んで私は逃げました。旅館の防空壕の中に避難しました。私が10歳の時でした。生々しい体験で今でもそれは脳裏から離れません」
参列者たちは、空襲で亡くなった人々へ思いをはせながら、戦争のない世の中へ祈りを捧げていました。
